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2017年2月9日木曜日

【Racing Horse】地方競馬の名馬 大好きなタイくん

わたしの働く育成牧場にとても誇らしげに
そして凛々しく佇む名馬がいます。

namurataitan_summer2016

タイくんこと、ナムラタイタン

ナムラタイタン

父:サウスヴィグラス
母:ネクストタイム

彼は、この育成牧場にいる馬の中でも異彩を放っています。
休養馬であるにもかかわらずどの馬より毅然としている、
「ボクは競走馬なんだ」
そんな立ち居振る舞いをする。

騸馬(センバ)ではないので11歳になった今でも
牝馬(ヒンバ、オンナウマ)に興奮します。
朝から外に出たい欲は止まらず、ウォーキングマシーンでもひと騒動。

皮膚の薄い馬はよく走るというけれど、
彼も例外ではなく皮膚が薄い。

しかしとても繊細な脚で
この道の長くない素人に近いわたしにもわかるくらい状態が芳しくないこともあります。

痛いんだろうけれど、、、それでも毎日のハードな調教にも
難なく挑んでいるのです。


人間にとっても10年近く勤続することは
転職をしてキャリアアップを望むことも少なくないこの時代では
忍耐の要ることです。

この馬は生まれてから現在まで
競走馬としての馬生を歩み続けています、10年以上も。


namurataitan_winter20162017

彼は、2017年の日本ダービーあたり、4月か5月には
レースで見られると思います。

そして引退すればこの馬は、良血の牝馬との交配が決まってるようです。
元気な競走馬の父である種牡馬となってくれるのではないかと思います。


【テトうま話】*個人的見解

この馬は何千万という価格で売買されたのではなく
それなりの購入し易い価格(桁は何百万の桁)で売買されました。

こういった競走馬は、
交配の研究が進歩し続ける中では気になる存在ではないでしょうか。

また、育成牧場の役割としては
毎日を無事に終えることがある一定の水準ですが、
やはり、きちんとケアしていくことも大切だと感じます。

わたしのいた牧場では、どの馬に対しても手厚く、
獣医さんは少なくとも週に2回以上の回診をしていました。

過敏なのではなく、
馬たちが目で語ること、仕草で語ることを
見逃さないことでしょう。



他と違うことを、真面目にやっていかなければ、未来はない、
ー育成牧場には


2016年5月22日日曜日

【Horse racing】師からの学ぶことは雑談より

馬とは、『今の全て』。



GW最終日の夜中、茨城のぽつりとした郊外にやってきました!
恩師に会うために!!


その恩師はわたしのいる育成牧場とはまた違った立場で馬たちを見ています。
牧場としての立ち位置の違いです、
個人としての立場も全然ちがいますが、、、(苦笑)
そこは外厩制度にかかる牧場です。

毎日馬主から調教師、調教師から厩務員の自分へと託された馬と過ごします。
必要がない限りは放牧で他場へ移ることもありません。

競馬場の厩務員さんとも違い、
ずっと自らの担当馬と一緒に競馬馬生を終えるまで生活を共にします。
”全て”とおっしゃる言葉は痛いほどに通じます。

勝利したときの歓びは、、言葉ではなんともならない
高みといえばいいのか
宙というか、
とんでもない次元のセカイ?なのだそうです。

悪夢を見ることも少なくはないともおっしゃっていました。


テト(わたし):「放牧から帰ってきたんですね!」

師:「そうそう、もうすぐレースに連れて行けそうなんだけどね、、」

テト:「この前、レース回避されましたよね?脚(屈腱炎)大丈夫ですか?」

師:「競馬場から帰ってこられない(競馬場で安楽死)のはイヤだからね、、、」

テト:「レース行かなくてよかった、、勝った○○(馬名)見たいけど、会えないのはイヤです!」

師:「俺もそうだよ、ま、無事に走ってくれればいいんだよ」

テト:「知人の馬主さんもとっても楽しみにされてて、なにより、『無事に走りきってほしい』って、おっしゃってましたよ!」

師:「それ、うれしいよな、励みになるわ。すごい馬、好きなんだろうね、その馬主さん」

師に1年ぶりにお会いして、
お互いに馬のオハナシは止まらずこんな会話を夜中中していたのに
その2日後、この会話中の競走馬が屈腱炎を再発したとの連絡を受けました。

度重なる屈腱炎で、何度か重賞、準重賞を圧倒の数馬身差で制したあの姿も
見られなくなる、つまり、引退となるとのことです。

馬(特に競走馬)の経験値の浅いわたしでも、
顔も、足音も、その性格も知る弟のような馬が

「また会いにいくからね」

もう会えない
になってしまいました。


師は毎日もっと近くにいて、また担当馬の中でも一番付き合いの長い馬だったそうです。
言葉なんてあるものでしょうか。

昨日を悔やんても戻って来ることはない、
今を一生懸命に生きる、それ以外になにもないんだ!!

一瞬一瞬を逐次考えたり振り返ることはないけれど
ならば、ヘトヘトになってもやっぱり強く全力で生きたいです。

師は、そのほかにも、
・この馬の脚元ってどうなんですか?
・飼葉って量ですか?中身ですか?基本はどこに置くんですか?
・最近の競馬、よくわからないのですが、注目馬っていますか?
・牧場近況は(馬、スタッフ、牧場の概況)どうですか?
・最近のテトの状況はこうなんですよ!

などなど

1年前とは比べものにならない、、、出るわ出るわ、、、
会話は果てしなく続きそうでした。

経験にも因るのものや、その人の考えやその行動によっても
経験値はどこまでも変わっていくし、毎日がとても大事だということです。


Thanks

2015年9月24日木曜日

【Stable/Private】最高の社長へ Great executive, See you!

一筆。

わたしの知るエグゼクティブは、誰よりも働き、誰よりもその仕事への追求意欲は深く広く、自らで全てを証明する。そして誰よりも人を大切にし、礼節を重んじ、スタッフのことを把握、理解しようと努め、知らないことは部下に対してでも教えを請う。傲慢な態度は決して取らない。
社長にはその絶対的な絶対値がある。

わたしはここでわたしの絶対値を持つことができました。
だからここを去るべきだと悟りました。

話をするとこれに快諾し、理解し、その理解したということを社長の言葉で返してくださいました。最後にしてとても尊敬できる一面をまた見ることができました。

人はとても残念だけど、時として足をひっぱる。
そこにもきっと負けないだろうと自信がつきました。

その自信の根拠は、まわりにいる人。
わたしのまわりにはそんな尊い人がいます。これがそっくりそのままの自信です。ありがとう。

人に依存するのではなく、「この人についていきたい」
こんなふうに思える自分がまたとてもうれしいです。
この時点で「ついていきたい人」は去るところのエグゼクティブ、行くところのエグゼクティブのふたり。とても有り難いことです。

数カ月前に大きくキャリアチェンジしたけれど、以前とは全然違って健やかに未来が描ける。そして今はそれが明瞭になりつつあります。

自分探しをするのではなく、そこで生きて行く術を知り賢明に生きることで見えてくるもの。


手紙をかきました。
かくことで数えきれないほどの「ありがとう」があったことを
また、ひとつひとつ思い出しました。







この厩舎の通路は、わたしのレッドカーペットのようにさえ思います。
いつもある道です。

苦労はするけれど、それでも馬のいるところで生きていきたいと思います。

2015年6月16日火曜日

【Stable/Private】退路から進路をとる Good-bye MWF

4月の初旬に来て6月の末にここを去る。

早すぎるけれど、然るべき流れなのだと理解しています。

たった2カ月余りだったけれどたくさんのことを学びました。



出会った人への思いは一番強いのかもしれません。


 —いつもわたしを支え、次の異動先までも探してくれた師。

 —同じ牧場内で馬房を借りている育成牧場の当牧場の長を務めているメンター。


このお二人は元々同じ牧場や競馬場で共に切磋琢磨されてきた方々で、
「類は友を呼ぶ」という言葉にあるように、方角は常に前を向いています。
わたしが仕事人として、人間性として惹かれるものをお持ちの方々です。

ここでつらつらとこのお二人について書き綴ることはしませんが、
この方々無くしてわたしがこの馬の世界を生業としようと思いを強くすることは無いと痛感しています。



また、正確にはわたしの異動先への異動は迷宮入り。
しかし確信はあります。問題なし!


そして特筆すべきはMWFの見晴台からの眺望。
この眺望は本当に素晴らしかった。
数々の調教を垣間みることができました。

かつて社長がおひとりで拓き築いてきた砦からの眺めです。
同時にアメリカで起きたGold Rushを想像しました。
Gold Rushで開拓精神に燃えてロマン片手にやってきた労働者のように
わたしも強く在りたいと思います。